第9回我孫子野外美術展パンフレットのためのテキスト
私、家、国等、私達が持っている境界の意識。様々な経験の中で、それが変容していく過程に私は興味があります。
例えば、何かが穏やかに皮膚に触れる時、私は「私」というものを強く感じると同時に、ある境界のゆらぎのようなものを感じます。それは、私の中に「私」を感じるというよりも、むしろ私の中から「私」を外に連れだしてくれる経験だと思います。
私はしばしば、音を作品の要素として使います。その理由の一つに、音が聴く人の体の中に直接浸透していき、堆積した記憶を分解していくような力を持っているからです。
今回は、野外という元々境界が曖昧な場所を、作品発表の場として提示されていたので、「私」という境界を持つ個々人が、その空間の曖昧性の中に直接入って行き、その境界のゆらぎを経験出来るようなものを提示したいと思いました。
また、その現場となった相島の森は、既に虫の音、鳥の声、風にそよぐ笹の葉の音等、私達の中に染み入るがままに任せるに、充分ふさわしい音に充ちた空間だったので、新たに音を足したり、そこにある特定の音に焦点を当てるための装置のようなものを配する必要は感じませんでした。そこで、風に漂い、光の中で交錯し、皮膚に直に触れる色彩を、その空間そのものを意識的に体験するきっかけとして配してみました。
準備期間中前半、雨の日が続いたので、雨上がりに目蓋の裏に滲んだ幻の虹の印象も、今回の作品に大きな影響を与えていると思います。
会期中前半に強い風の日があり、設置した千数百本の色糸のほとんどが吹き飛ばされ、周囲の竹薮に絡み付いてしまいました。その後、その場所を通過し、糸に直に触れて色を感じるという体験を、観客の方にしていただけなくなってしまったものの、コントロール出来ない自然の現象を作品に取り込む、という私のもう一つの興味を予想以上の形で実現する事になりました。
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